消費社会のあっけらかんとしたマリーアントワネットたちが母になるときの死と再生について

  • 2018.05.10 Thursday
  • 16:41

 

S先生へ


私が書きたいのは、「大学出」の「普通」の「いい娘」にまとわりついている、「娼婦」のような部分や「暴力」的な部分のことです。

 

明治時代に日本人が決断した、世間という関係性の中での個性化という自我と自己の統合への課題であり、異なる個が関係することによる自由への道における課題のことです。

 

戦後の日本人が決断した、近代核家族という日本の歴史上初めての家族形態が目隠しをしながら必死でしがみついていた幸福ドリームの影にあったものごとのことです。

 

リースマンが言うところの他人指向的性格をもったようなマザーレスマザーに育てられた、誰のせいでもない、しかしその闇を引き受けた勇敢な子どもたちの痛みと救済のことです。

 

もはや「いいお母さん」でさえも、マザーレスマザーである時代です。これは何を意味するのでしょうか。

 

現代日本社会の犯罪の半数以上が、家庭内で起きているという事実。これは何を意味するのでしょうか。

 

社会の底にあったはずの泥は、いまや綺麗な包装紙に包まれて多くの人びとの手に渡ったかのようです。社会の底は、いまや「そこ」ではなく、「ここ」にあるのです。

 

女性活動家の主張には大きく二つの側面がありました。命の女性そのものの価値を認めようとする方向と、女性の中の男性性を認めようとする方向です。私は両方必要だと思っています。ただ、女性性を売り物にする消費社会への反動の中で、女性の男性性を認める方向が強く影響力をもった。その影響力のメリットデメリットがあるのです。

 

フェミニズムやジェンダーの空気を大きく吸い込みながら学生時代を過ごした私は、「子どもを産んでみたい」ということがどうして言えなかったのか。「結婚もしてみたい」ということをどうして言えなかったのか。「結婚するなら夫婦別姓で共働き、子どもを産んでもキャリアは継続する」という選択肢しかどうして用意していなかったのか。

 

ユングに言わせれば、女性の中の男性性の実現は中年期以降の課題です。もちろん、中年期以前に男性性を生きてはいけないということではありません。大切なのは自己一致した生き方です。私は最近、自分の中のアニムスの夢を見た。それは、私がその若かりし頃に目指した男性性とは違った。

 

なぜなら、当時の私はまだ、資本主義を批判しつつも結局は資本主義的な男性性を目指していて、その男性社会に評価されるためにこそ動いていたからです。それは私の魂の、近くて遠いパラレルなところにあった。私は他者のまなざしに動かされていたのです。本音と自己防衛が入り乱れた力のある主張はあっても、主体の声はまだまだ脆弱だった。

 

まさか、私がそんなものに動かされていたとは、誰が思ったことでしょうか。いえ、S先生は何かを感じていたかもしれない。私はそのことを悔いてはいません。そうせざるをえなかったこと自体が、私の人生前半の生き方です。

 

日本人が自我を丈夫にするということはとても難しいのです。なぜなら、日本人は自我よりも自己を大切にしようとするからです。無我を説かれる仏教がベースにあるからです。

 

自己物語論が日本の社会学に受け入れられたのも、そうした理由があったのだと思います。当時の構築主義的言説を私自身も主張する中で、どうしても払拭しきれない問題があった。それは、私の身体は社会的に構築されたものではなく本質的なものだ、私だっていつかは子どもを産んでみたい、という当たり前すぎる絶望です。

 

私は女です。私には子宮があります。私は母です。私は研究者です。私はセラピストです。これからもっと、私を彩る言葉は増えるでしょう。それでいいのです。

 

らいてうらが主張してきた女性の精神的自立のことと、命の母として子の未来を直覚し行動し、安全な器を提供するという、人類にとって最も大切なことの再定義です。

 

命を産んだ女性が生まれた命にとって大切な時期を安心できる環境で過ごす特定の時期を、夫のみによってではなく、つまり夫の職業や収入や気質や人生に左右されるのではなく、社会全体が価値づけられ支えられることの可能性を考えたいのです。そのためには女性の主体性が必要なのです。

 

母子が一体となる混沌とした時期を存分に過ごしてこそ、お互いの個が確立するのです。お互いの個を、尊重する自信と覚悟が湧き上がってくるのです。それは心がお余所にあったり、心が何かに囚われていたり、心をどこかに置き去りにしながらではできないのです。

 

これまで私は社会構造や社会制度を変革するための言葉を紡ごうとしてきました。しかし、そればかりではまだ不十分でした。あるひとりの主観へとぐっと深く落ちていくことにある普遍性を言葉にすることがあってこそ、変革は共感をもって始まると、私は信じています。

 

男性性を生きてよいという社会的なことと、命を産むのは母であるという生物のことと、命を育てるための安全な器をどう創るのかという心・物理のことと、女性が精神的自立をするという、いまを生きる女性たちの魂のこととを考えているのです。

 

私は博士論文の最後に、こう書きました。他者を「理解」しようとしない、宙づり状態に耐えることからしか「共存」は生じない、と。思いもかけず、このことは、私が業を開いた場である相談室の、最も大切な技術になっています。

 

「わからない」ことこそが、他者を尊重し、他者を価値づけ、他者を癒す。それは、私にはどうにもできないものへの、祈りであり、敬虔さなのです。

 

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