魂の情景

  • 2016.08.08 Monday
  • 10:08

 

逗子マリーナの公園の高台から見える景色。小学校の夏休みの宿題では、ここからの景色を毎年のように描いてた。披露山の緑が濃くて、トンビが飛んでいて、空と海が青くて。私はこの景色にはなぜかとても惹かれてきた。

 

いま暮らしている街はこの景色の向こうにある。逗子周辺の緑の濃さは何か独特のものがあって、あまりここと同じ色の緑を見たことがなかったけど、数年前に訪れた三重県の熊野に似てるな〜とぼんやり思ってた。そういえば、この辺りには熊野神社という名前の神社があちこちにある。調べてみたら源頼朝が三重県の熊野三山大明神を勧請したのだという。

 

「逗子で暮らしたい、ここで子育てをしたい」という自分の気持ちを自覚したのは、野口整体の活元運動にプロセスワークを取り入れたアートセラピーをやっているときだった。子どもが生まれてから子どもを育てるのにどんな環境がいいのか、日本各地を探して回り、ついには私の実父の故郷があるこの街に落ち着いた。

 

もうひとつ、大切な夢を見たことがある。産後1年くらい経ち、野口整体の骨盤引き締めをアロマオイルの施術とともに受けていたときのことだ。金色の胎児みたいな魂みたいなものが、無数の金色の鳥のような光に包み込まれて、朝焼けのような天空から地上に向かって飛んでいた。それが私だということは、確実にわかった。精神病水準で見た夢だ。

 

その日の帰り道に、女性活動家の平塚らいてうさんが無性に気になり、家に着いてすぐにらいてうの全集を買い集めた。平塚らいてうといえば、『青鞜』を創った中心メンバーで、婦人参政権の獲得などに尽力した人として学校の歴史で習った憶えがある。だから、彼女の全集に「母性の主張について」とか「むしろ性を礼拝せよ」なんていうタイトルがついていることはけっこう衝撃だった。学校で教えられたイメージとは全然違ったからだ。

 

いま思えば、1990年代当時の学校で教えられたイメージは、マルクス主義フェミニズムのイデオロギーを生きていたある女性教員に与えられたイメージだった。しかし、らいてうの本をよく読んでみると、らいてうはその後今日まで続くマルクス主義フェミニズムに至るような流れとは別の流れで女性解放の活動をしていたことがわかる。

 

らいてうは子どもを産んでから、「らいてうは社会活動をしないで子育てばっかりしている」と周囲の女性活動家たちから批判されたようである。だけどらいてうは、「魂の底から湧き上がってくる不可思議とでも言うよりほかない子供に対する本能の力」とか「母はこの子どもの要求を誰よりもよく知り、この子どもの個性を誰よりもよく解し、この子どもの中に隠れている天分を、その才能を誰よりも間違いなく発見し、それを導き出す霊魂の指導者とならねばならぬ」とか言うなど、命を育てることや命が育つための環境を整えることについて主張していることがわかる。

 

命が育つための環境とは、命を産む女性の環境を整えることを意味する。それは、前近代のように母が男性社会に尽くし続けることを良しとするような価値観ではなくて、女性が精神的に自立することによって、子どもも母も夫も健康で自由な生き方ができることを意味している。

 

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