私を女性相談の道に招き入れた須藤先生のこと

  • 2017.01.05 Thursday
  • 13:25

 

私に寿町を教えてくれた、須藤先生のこと。

 

横浜の寿町で長年ソーシャルワーカーをしていた、須藤さんという女性がいる。福祉事務所で働いていて、その経歴の全貌は知らないのだけど、母子寮やDVセンターや女性相談の仕事もされていた。私が須藤先生に出会ったときには、愛知県立大学の教授をされていた。

 

ある休日に人気のない院生室に行ったときだ。研究室の電話が鳴った。須藤先生だった。私への電話だった。「今度、名古屋市にDVセンターを創るから、そのための研究会の事務局をやらない?」という話だった。須藤先生とは、その数ヶ月前に、ほんの五分ほど話をして、名刺交換しただけの仲だった。女性支援に興味のあった私は、飛びあがりそうになりながら「やります」と返事をした。

 

当時の私は、研究に行き詰まっていた。多言語に堪能とか、計量分析が得意とか、そういう特技が私にはなかったことや、当時の社会学界と大学院制度の流れが変わりつつあったことなども、先の見えぬ不安を駆り立てた。それに、社会学は経験学とも言われる。まだ若くて経験の浅い私に書ける論文など、何があるのかと、本気で悩んでいたのだ。

 

そんな私に、須藤先生は間主観性という概念のことや、ピエール・ブルデューの実践感覚のことなどを聞いてきた。「もっと知りたい」と、わくわくしているようだった。大学生の頃から、間主観性という概念ばかりを追いかけて、でも、社会学界の多数派の見解からは「それを社会科学でどう証明するのだ?」と問いかけられ、迷いの最中にいた私に、「やっぱり間主観性を大事にしたい」という気持ちを新たにさせてくれた。

 

須藤先生の『ソーシャルワークの作業場』という本は、寿町で暮らす人たちのことを書いた本だ。「三日だけ生きたい男」とか「美しい部屋」とか「寿アルク」などのタイトルが並んでいた。生と死の境目にこれだけ深く携わっているのに、命が生まれ死にゆくという自然なことを、できる限りの手を尽くしながらもありのままに受けるというか、ちょっとうまい表現がまだ見つからないのだけど、人の人生を俯瞰して、物思いし、待つ、というようなシャーマンにも似た、そういう感覚や態度に触れたのは初めてだった。

 

DVセンターの会議のときに、当時の仕組みだと被害者の母子は別々の施設で過ごすこともあったのだが、「母子は一緒じゃなきゃいけない」という、DV支援を現場で長年やってる専門家の意見に深く頷いていたことを覚えている。当時の私はその意味がわからなかった。「相談って仕事は専門職なの」ということも、主張されていた。その意味も、当時の私にはわからなかった。

 

私の父が癌で他界し悲しみに暮れているとき、「大阪大学の西村さんの研究会でそのことを話さない?」と持ちかけてくれた。私は父の闘病生活のことを、須藤先生にほとんど話してはいなかった。私は確かに、父の看取りについて話す場を求めていた。須藤先生はそのことを知っていたのだ。

 

私は父を自宅で看取った。父の希望でもあった。ただ、自宅で看取ることは、人が病院で死ぬことを自明視していた家族や親族には理解しがたいことだった。そういう、周囲の不安を和らげ、当事者の父の思いを尊重し、病院の先生やターミナルケアの看護師たちと連携し、父が最期を過ごす環境を整えることに私は奔走した。家族に見守られながら、父は安らかに家で息を引き取った。

 

報告原稿は現象学的に記述したつもりではあったが、「あまりにも主観的になってしまったかもしれない」と私は須藤先生に相談した。そうしたら、「主観的でいいのです」と、須藤先生は言った。客観的な記述が求められる社会科学の中にいた当時の私には、まだその意味がよくわからなかった。

 

私は須藤先生に、ときどき手紙を書いた。当時の私はコラージュにはまっていて、須藤先生の手紙にも色とりどりの紙や布を使ってコラージュを施した。須藤先生は、郵便はがきに万年筆で書いた返事をくれた。「翁川さんがくれた手紙は机の前に貼ってあるの」とか、たくさんの、厚みと深さをもった言葉をくれた。

 

「今度は横浜で会いましょう」と、私が名古屋を去るときに約束して、その約束が叶ったのは数年経ってからの、去年のことだった。須藤先生との約束は、私に待つ時間を楽しみにさせてくれるもので、いつもその時は必ず来た。

 

須藤先生は、自己価値をもった女性だった。成熟した大人の姿があるとしたら、こういう人のことをいうのではないかと思った。須藤先生の言葉や感覚は、私の身体の隅々に残っている。

 

その、須藤先生と同じ、相談の道に、私もかかわることになろうとは、あのときは思いもしなかった。人生というのは、ほんとうに面白いと、やっとわかる年頃になってきた。苦しみや葛藤がいつか宝物に変わる、そのための錬金術はあると、最近、本気で思えるようになった。

 

今年の始まりはお天気も良くて、景色が美しかった。小坪のみかん投げも20年以上振りに参加。懐かしい景色を、新しい気持ちで見るのはなんだか新鮮だった!

 

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