「空気を読む」ことが得意な日本人の生き辛さ(1)ーーひとり心理学から関係性の心理学へ

  • 2016.08.26 Friday
  • 15:14

 

最近、隠れ自己愛性パーソナリティ障害が日本社会に、特に中高年層に蔓延していると、心理療法家の富士見先生と岸原先生の勉強会で知った。パーソナリティ障害なんていうと、なんかちょっと大袈裟な感じもあるし、DSMの分類でしょ? 恣意性や政治性も感じちゃうわって思うんだけど、現代社会の問題を見えやすくするための名前づけってすると理解しやすい。D.リースマンが、他人指向型社会って分類したような感じかな。隠れ自己愛性パーソナリティ障害は精神病水準に至るケースもあるらしく、どうもかなり複雑っぽい。

 

なんでこれが蔓延してるのかっていうと、これは私の仮説なんだけど、狭義には戦争のトラウマの連鎖、広義には人類の進化過程だという気がしている。見田宗介さんが言ってたような、交響するコミューンってどうしたら可能なんだろ〜って、ずっと考えてきたけど、たぶん、ここを越える必要があるのかもって、もちろん、それだけではないんだけど、そう思ってる。

 

隠れ自己愛性パーソナリティ障害を簡単に言うと、世間の評価や他人からどう見られているかを気にして、そういうのを軸に生きていて、自分の本音を大事にできていなくてそれを他人に言葉にして言えないんだけど、暗に自分の本音に応えてほしいと他人に期待しちゃう感じ。だから、他人に期待を裏切られたときとかは、けっこうたいへんで、人間関係の危機に陥る。富士見先生と岸原先生によれば、ひと昔前に共依存と言われた類の問題は、隠れ自己愛性パーソナリティ障害という観点から捉え直した方がよくなりやすいそうだ。DVとか摂食障害とか友だち親子とか生きづらさの問題も深く関連しているっぽい。

 

規範という世間的なものが解体しつつある現代社会で隠れ自己愛性パーソナリティ障害のテーマがある人は、H.コフートが言う自己対象が得られてこなかったから、自分を認めて受け入れてくれる対象を探す迷宮にはまりやすい。本来は、母親などが子どもの自己対象となって、子どもの存在そのものを認め受けとめるのだけど、これが、幼少期になされなかったために、大人になってから自己対象を求める旅に出る。子どもがやる「見て見て!」っていうのを、大人がやる感じとかも旅の途中なのだと思う。そして、うまくいかなくて挫折する場合もある。

 

ちなみに、隠れ自己愛パーソナリティ障害は、関係性の中で取り組んでいかないとよくならないそうだ。従来の一人心理学ではなく、関係性の心理学。社会学や現象学の相互行為論なんかがやってきたことと随分重なり始める。私は相互行為論中心にやってきたし、そもそも人間が生まれ落ちるのは関係性の中であって「私」という存在を関係性抜きに考えることはできないと考えているから、一人心理学は納得できないところもあるんだけど、人間って社会的文脈だけだと説明できないものがやっぱりあって、そういうところには心理学的知見とかもしっかり取り入れたい。逆もまたしかり。

 

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